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2009年07月02日

身長、体重

人間の生誕時にバスト、ウエスト、ヒップの3サイズを記録する人は滅多にいないだろう。たいがいは身長と体重を記録することになる。大人の場合、もちろんことに女性の場合であれば3サイズを聞けば見たことのない人でも、おおよそのスタイルが判明するが、そうでない場合でも身長、体重が判れば、シルエットは見えてくる。こと容姿ということになると、男性は身長、体重以外そうそう注目されることはないが、セクハラだろうが何だろうが女性の場合は身長、体重以外の3サイズにも注目が集まりがちである。職業モデルではないから3サイズの厳密なコントロールということはなくとも、一般女性にあってはどうにもならない身長は別として、せめて体重のコントロールぐらいはというので、必然ダイエットが隆盛をみるわけである。160センチの身長であれば50キログラムの体重はないといけないというのが「健康」面から喧伝される男性の比体重だが、女性の場合はこれが160センチの身長であれば50キログラムの体重を超えてはならないという「美容」という基準に物差しが移行する。身長と体重のバランスとそのとらえ方の男女差ということだろうが、概して先進国は欧米を始め飽食による肥満体であり、身長に比して体重が重すぎるし、途上国ではこれが飢餓やそれに準ずる状況により逆転して身長に比べ体重は驚くほど軽かったりする。また、スリムな体型を好む個人や国民性があれば、肥満女性が美人とされるアフリカの部族もいて身長と体重のバランスは文化背景により誠にさまざまである。
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身長、伸ばす

身長に対する悩みを持った親であれば我が子の身長を伸ばすことに人より関心を払うに違いない。即ち、赤ん坊のことからカルシウムたっぷりの牛乳をたくさん飲ませようとするだろうし、成長過程にあってはスポーツをさせるのでも、身長を伸ばすバスケットをしなさいとアドバイスをするだろう。それならば身長を伸ばすのに良いスポーツは何だろうと考えると、一般的には先述のバスケットでありバレーボールなどに身長の高い選手が多いのが判る。共通点を考えると「ジャンプ」するということだろうか。ジャンプしたときに腰骨の負担が一時的に解放されて身長を伸ばす感じがしないでもない。逆に身長を伸ばすのとは逆の効果を生むのは重量挙げのようなスポーツである。やはり腰への負荷が身長にマイナスを与える気がするが、そうなると腰の骨をいつも伸ばすようなエクササイズを子供の頃から日常、取り入れる工夫をすれば「伸ばす」のに良いように思える。
身長の多くは親の遺伝形質いよるところが大きいだろうが、脳下垂体のホルモンの分泌と密接な関係があり、これに異常をきたすと2メートル超の身長の巨人になってしまうようだ。身長を伸ばす云々の週刊誌の広告も見かけるが、親が双方ともに高いのに子供の身長はそれほどではなかったり、両親共に低身長なのに子供はとても身長に恵まれる、ということもないではない。
しかし、いずれにせよ欧米に比べて今の日本では身長を伸ばす食品、器具、グッズの類いの売れ行きを心配する必要はない。近頃日本女性の中にも自分の身長を伸ばすことに精を出した親を恨むように身長を低く発表する170センチ超の子も増えてはきたが…… 
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矢口真里、身長

 芸能人、ことにテレビタレント全盛の世にあって、お笑い芸人をのぞけば、身長は高い方が圧倒的に良いというのが通念のように思っていたが矢口真里という元モーニング娘。の女の子の身長を見てからその考えが一変してしまった。一変させられたと言っていい。
「身長が低い方が合っている」などと言うと何だか間の抜けた馬鹿な表現になるほど身長の通念は長身をベターとするわけだが、矢口真里が長身長であったらあの独特の可愛らしさは生まれないように思われる。「キュート」である、などというのは主観によるものだから矢口真里がキュートであるか否かを論争しても始まらない。要は矢口真里がキュートだと肯定する者たちにとっての彼女の身長ということである。肯定論者であれば矢口真里の身長がもう少しあればもっと良かったのに、と思う人はまずいないであろう。そういう人であれば他にスタイルの良いタレントはいくらでもいるのだ。矢口真里のキュートさはあの身長とのバランスの上に成り立っていると言っても過言ではないのである。矢口真里のキュートさはソファにちょこんと座っても足の先が床を離れているような人形的キュートさと言えるだろう。スタイルという事を言ったが、ならば矢口真里の低身長が彼女のスタイルを悪くしているかと言えば、それは全くない気がする。要するに矢口真里がバランスのとれたスタイルをしているという事であり、身長がなくともスタイルは悪く見えないのだ、という印象を矢口真里は少なくとも私に与えてくれたタレントである。
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ダイアナ妃、身長

身長の高い女性ということで思い浮かぶのは故ダイアナ妃である。180センチを超えようかという身長の女性というのは、いくら日本女性の身長が高くなったとはいえ、バレーボール選手など以外そうそういるものではない。男性の中では自分よりも身長の高い女性を嫌う者が多いが、そうなるとダイアナ妃のような女性はなかなか釣り合いのとれる男性がいないことになる。ダイアナ妃の場合夫であったチャールズ皇太子は長身であったが、わが国はもちろん欧米諸国でもダイアナ妃にバランスする皇子はめったにいない。
スペイン皇太子は身長が「売り」で彼と並んで彼より大きいのはあまりいない。
ダイアナ妃が来日のおり、ダイアナ妃が着物をプレゼントされていたのを見たが、着物丈が腰で折ってもいないのに短く見えたのを今でも鮮明に記憶している。
日本の着物の腰の部分(「おはしょり」のこと)はどんな身長の人間にも合うように、またどんな身長差の親子で譲り受けても調整できるような「知恵」が折りたたまれている、と言ってもいいのだが、一方、私は腰の部分のデザインが悪くなるのと貧乏臭いのとで、これは個人丈に合わせて始めからカットして欲しいという考えではある。
しかし、いずれにせよ、ダイアナ妃には申し訳ないが彼女のような長身長の女性に着物は似合わない。ダイアナ妃にはやはりドレスのほうがよく似合う。着物は日本の風土、、文化の中に育った人間に合うように作られたものであるのがよくわかる。
ダイアナ妃はダイアナ妃の育った風土の中で育まれたドレスがフィットするのは「身土不二」という食養の観点から見ても同じことのように思える。女性の身長ということになるとダイアナ妃のことが目に浮かぶがダイアナ妃のあの身長とドレスが日本女性の着物姿とあいまって「文化」というものを感じさせないではいられない。
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身長、制限

身長に制限されることには超過も不足も双方共にある。
モデルや相撲などの特殊分野では不足がふるいにかけられ制限の対象となるが、アミュウズメント施設などでは身長によって年齢の目安にしたりするので、あまり大きいと小人と見なされなくなるということになる。いずれも身長に制限がかかる例である。そのような例でなくとも日常生活において身長の過不足には思いのほか制限がかかっている。

身長がオーバーすればベッドや寝具は短すぎるし、服だって制限される。低身長の場合、ベッドや寝具類に制限されて困ることはないだろうが、衣服ということでは同じく制限されることだろう。大は小をかねるとはよく言われることだが、日常生活を見渡すと、こと身長という点に関しては、これはあてはまらないようだ。玄関をくぐることひとつとっても180センチをオーバーする人は日本の家のサイズは小ぶりすぎてよく額をぶつけるという。衣服にしても身長の小さい人は大きめのサイズを少し詰めればすむが、大きい人であればもともと小さい物を引っ張って伸ばすわけにもいかず、これも制限されてしまう。

どちらかというと身長の高い人の方に制限が大きく作用するのだ。小さい人用の衣料専門店はそうそう必要ないが、LLサイズの店は必要とされたくさん存在する。衣服の場合は家族に洋裁などのできる人がいればまだしも、これが靴となるとお手上げである。大きすぎる身長の人の場合、足のサイズも大きいので靴の特注はえらく高くつく。通常生活においては
身長の高すぎる人の方が制限が厳しいようである。
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